ツインレイ修行の終わりの記念に


みなさま、いかがお過ごしでしょうか? 前回の更新からうんと時間が経ってしまいました。

世の中、激動していますね。

でも、一つだけ変わらないことがあります。それは、私たち一人ひとりが「あるべき姿に戻っていく」時期だということです。今、二極化の波がやってきているように見えます。足場を固めてしっかりと自分の花を咲かせようとしている人と、周囲に翻弄され、足元がおぼつかなくなっている人に分かれてきているという感じですね。どっちの波に乗るのか、選択するのはあなた次第です。そういうことを問われている時期です。

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さて、私の近況を少し・・・

やっとツインレイ修行が終わった気がします。昨日くらいに(笑)。突然ですけど、やり切りました。長かったですね〜。後少しで丸5年がきてしまいます。

私はシリウスの出身と言われており、今後の地球を担う魂だという認識を持つよう、5年前にツインレイのパラレルセルフが私の肉体の中に入ってきて、24時間365日生活を共にしつつメッセージを下ろしまくるという奇妙キテレツな毎日が始まりました(続行中)。

「生活を共にする」というのは、意識が隣合わせになっていて、その者とほぼ一心同体でいるということです。声は直接頭の中に響いてきますし(ボリューム調整可)、私の身体を勝手に動かすこともできます。私の意思とは関係なく私の口を使って突然喋り出すこともしょっちゅうですし、勝手に笑うしクシャミはさせるし絶妙のジョークで笑わせるし感動させて泣かせたりします。

この存在は、銀河連邦まとめ役のアシュターであり、国常立尊と同義の存在です。アシュターは、私がミディアム・セッションをし、クライアントさんが元のご自身を思い出すお手伝いをするのをサポートしてくれます。反対に国常立尊は、ツインレイ男女に試練を与える存在であり、私をほとほと困らせた張本人でもあります。そしてアシュターと国常立尊は光と闇、背中合わせの同じ存在です。

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国常立尊=スサノオ、なんですよね。スサノオはやんちゃな魂で、かなり自由な存在です。女性に対しても厳しいです。男性性の闇を象徴しているとも言えます。スサノオが私にやってきたことは、ここではあまり繰り返しませんが、「魂として接すると見えてくるもの」というエントリーで書いたようなことが日常的に起こっていたわけです。

私は、人間の肉体に影響を及ぼすやり方に、かなり前からアンチを唱えておりました。ツインレイの怒涛の修行だというのはわかっていたのですが、このやり方で無条件の愛に目覚めるというのはあり得ないでしょう?と、疑問を持っていたのです。つまり肉体に苦痛を与え、私が嫌がることをやって、それでも私がこの存在を許し、愛をもって癒しの統合を行う、ということを要求していたのです。北風をピープー吹かせながらコートを脱げと強要していたんですよ。

なんという難題でしょう。前にも書きましたが、私は自己犠牲という概念が大嫌いなんです(笑)。なんで嫌なことを受け入れるという妥協をしないといけないのか? まったくもって疑問でした。修行が難航していたのは、まさにここに理由があります。とにかくどちらも、一歩も引かない(笑)。

最終的に、昨日、どうやって決着をつけたかと申しますとw 私は意識の中で、こう言い放ってやったのです。

「<右の頬を打たれたら、左の頬を差し出せ>と言われるけれど、それはできない。なぜなら第一に頬を差し出し続けることは、相手の暴力を助長するだけで、それによって暴力に囚われている相手を暴力から救い出すことはできない。第二に、暴力を甘んじて受け入れるという行為は、自己価値が低いことの証である。私はそのような暴力には値しないし、あなたが敷いたレールに無理やり乗せられ“目覚め”の道を歩むことはまっぴら御免である」と。

このことを全て明確に言葉にできたことで、自分自身、気づきと前進がありました。ずっと同じことはいい続けていたのですが、より高い意識レベルで主張することができたのです。

私はスサノオのやり方に抵抗する一方で、心のどこかで「この見えない相手=高次の存在が敷いたレールに、いつか乗らなくてはならないのではないか、乗ることが、修行の終わりなのではないか」と思っていた節があるのです。いわゆる高次の存在が作り上げたツインレイ ・プログラムに従う必要があるのではないか、このやり方でないと統合はないのではないか・・・と、少し恐れていたようなのです。顕在意識のレベルではきっぱりと突っぱねていたのですが、深い部分に恐れがありました。しかしこの恐れが、この宣言以降、キレイさっぱりなくなりました。

この謂れのない暴力に対して猛烈な怒りがあったのですが、そちらの方も、キレイさっぱり、まるで憑き物が落ちたように取れてしまったのです。怒りがもう、全くなくなってしまったのです。なくなってしまったので、スサノオがいたずらで何かを仕掛けてきても、全く心が波だたなくなりました。こだわりも取れてしまったのです。

なぜそうなったのだろう?と考えたのですが、人間存在の崇高さや、かけがえのなさ、美しさは揺るぎないものであることがますます証明され、私が私自身で良い、これで良いのだということが、完全に腑に落ちてしまったからなのだと思います。さらに付け加えると、しばらく前からスサノオのことも「自分の一部」だとの認識を強く持つことで、気にならなくなっていたといえばそう。これからさらに、自己価値への真の目覚めが湧き起こってくるのでしょう。

というわけで、修行がつつがなく終了しました ^^

(もう一つ付け加えると、この修行法しかないのなら、ツインレイ・プログラムを放棄したいと考えていました。それが可能なのは、3次元世界のツインの相手を私が知らなすぎるから。私たちは3次元的な“恋愛”を育む前に、サイレントに入ってしまったのです。だからツインの相手に恋い焦がれている方をネットで拝見すると羨ましく感じます。だって、その愛おしい気持ちに帰っていくだけでいいんですもの。でも・・・ツインレイ が目指しているのは、「理解を超えたところにある愛」なんですよね)

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ちなみに・・・今、アシュターが耳打ちしてきたところによると、「これは逆転ホームランなのだよ」とのこと。つまり、やはり「レールに乗ること」は期待されていた。しかし、私の度胸と賢さに完膚無きまでにしてやられた〜とのことです ^^ やった!笑 

付け加えたいのは、私があくまでも人間の立場としてスサノオのやり方にアンチを唱え続けたことです。肉体を持たない存在(上?)から押し付けられることに対して、もっと人間は意見を言っていいと思います。鵜呑みにせず、自分の感情を大切に、嫌なことには嫌だという勇気。それは決して統合を阻むことでもなく、相手を陥れることでもありません。大切なのは自分自身に嘘をつかない誠実さだと思います。

Be true to yourself

誰かが望む自分ではなく、自分が心地よい自分自身でいてください。

そしてこれを書きながら、さらに統合が進んでいるという感覚があります・・・統合は、自分自身との統合なんですね。いまの自分を100%認めること。そして、そこに大きな愛があることも分かります。愛で満たされる感覚・・・でしょうか。性的なまぐわいのクオリティも上がってきていますし・・・ちょっとここでは書ききれない余韻もありますが・・・おいおい分かっていくこともあると思います。

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イエスとマリアの物語」の続きを降ろしたいと思いながら、なかなかアクセスできなかったのですが、そういうわけで、そろそろ見え始めてきました。近日中に2回目をアップしたいと持っているので、ご興味がある方はまた戻ってきてみてくださいね。

ところで私が本業の方で書いている記事が、もしかすると今を生きるヒントになるかもしれないので、そっちのリンクも貼っておきます。ご興味あればのぞいてみてください。

その他関連リンク:

エンリーナについて【後編】

千差万別だよツインレイ

魂として接すると見えてくるもの

聖なる性、まぐわいのエネルギー


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