マリアとマリアの真実


真実ハンター、エウリーナの館へようこそ(笑)。

今日は自分でもびっくりする内容がアシュタールからおりてきたので、みなさんと早速シェアしたいと思いました。

きっかけは、トルコ西部にある古代遺跡エフェソス近郊の丘の上にある「聖母マリアの家」を訪れた際に撮った写真と一緒に、ツイッターで何を呟こうかとアシュタールに聞いていたときのこと。「え?」と驚くような真相を聞かされました。でもそれは、どこか遠くで知っていた・・・そんな記憶を呼び覚ますような内容です。

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「聖母マリアの家」というのは、イエスの母が晩年を過ごした家と言われている聖廟です。私がここを訪れたときに感じたのは、嫁姑の間柄にあった聖母マリアとマグダラのマリアの関係が、いわゆる典型的な嫁姑のものだった(つまりあまりよろしいとは言えなかった)、という面白いもので「ふ〜ん」という感じだったのですが・・・その真相とは・・・?

今回、アシュタールが語ったところによると、いわゆるキリスト教で「聖母マリア」とされている人物は、本当は実在していなかった、ということです。

言い換えると2000年前の当時、「処女懐胎したマリアがイエスを生み、聖母として崇められた事実はない」ということ。

で、このエフェソスにある「聖母マリアの家」に住んでいたのは、聖母として崇められていたマリアではなく、夫との性生活の中で受胎し、お腹を痛めてイエスを生んだ実母であるその人だとのことです。アシュタールによると、イエスの生母は「肝っ玉母ちゃんタイプ」だったそうですw

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バチカンがマグダラのマリアの存在を必死で隠そうとしたことは、このブログを読まれているほとんどの皆さんがご存知ですよね。一時期は娼婦の名をきせて、間違った印象まで流布しました。それが公式に撤回されている今も、マグダラのマリアが娼婦だったと思っている人は世界中にたくさんいます。いやはや、いい迷惑ですね。

そのマグダラのマリアが、実際は「聖母」とも関連づけられる大地母神としてのマリアその人であったと。つまり、聖母はマグダラのマリアだったのです。聖母マリアと言えばブルーのマントで知られますが、ブルーは本来、マグダラのマリアの色なのだそうですよ。

これはダ・ヴィンチ・コードでも匂わされていますが、神の子であるイエスに性的な関係のあった妻がいてはまずいということで、彼女の存在が巧妙に隠されたわけです。しかも、マグダラのマリアだってイエスと負けず劣らずの聖者だったわけですね。その存在を隠すには、組織的な大嘘をつくしかありません。そうです、バチカンはやりました。「神の子を生んだ聖なる女性」としての虚像マリアを、聖書を使って流布したわけです。この物語には、やはり女性性も必要だったからなのですね。

処女から生まれた、女性と関わりのない男性、イエス。そんな聖者像をバチカンは何十世紀にも渡ってせっせと作り上げてきました。本当は愛のある男女のまぐわいほど神聖なものはないのに・・・。

私はこの話を聞いて、ありとあらゆることがしっくりきたというか、「なるほど〜」と大きく膝を打ってしまいました。処女懐胎のこじつけは、人類の歴史観を大きく歪めてしまいましたね。しかし嘘は大きければ大きいほど人は騙されやすいというのは本当のようです。その昔、陰謀史観ウォッチャーとして鳴らしていた私ですら(笑)、今日の今日まで騙されていましたから。

「すごい事実だね?」とアシュタールに言ったら、「まぁな、実際は聖書に書かれていないことのほうが重要なのさ」と言っておりました。

私はこの話を聞いて、日本の瀬織津姫と似ているなと直感しました。彼女もオーソリティーによって隠された姫君ですものね。いや〜興奮して一気に書いてしまいましたが・・・これに紐づいて色々な真相も出てきそうですね。楽しみです。

   聖母マリアではなく生母マリアの家でしたw


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